もし音楽に興味がある方なら、『カノン』が単なる曲名ではなく、ひとつの音楽ルールだということをご存じだろう。「Canon」という語自体が「ルール」という意味合いを持っているのだ。カノンのルールとは「一つのパートのメロディが、終始別のパートを、最後の節まで追いかけ、最終的に一つの和音として融合する」というものだ。私たちが耳慣れたあまたのメロディは、カノンを基礎にして作られている。「万物はカノンより来る」と言っても過言ではない。
ゲーム業界でも、『カノン』のルールと同じ位置付けのジャンルがある。それがローグライクだ。 読者の皆さんは当然、例えばMOBA、PUBGやオートバトラーなど、ローグライクよりもっと影響のある「ゲームルール」もあるのでは?と思うだろう。しかし、ローグライクはこれらのルールと比べ、汎用性という面で大きなアドバンテージがある。なぜなら、ローグライクゲームは、テーマ、プレイ方法、グラフィックを問わず作ることができるからだ。
さらに重要なのは、ほかのルールと比べ、ローグライクは、開発の中で最もコストがかかるアートの部分に必要な敷居が低く、低コストでインディーゲームの開発に適しているということ。ローグライクのおかげで、インディーゲームが雨後の筍のように出現し、賑わいを見せているといえる。
「ゴミグラフィック」でも神作が 今回からは、ローグライクゲームの歴史について紹介したいと思う。ローグライクゲームは如何にして、テキストベースのゲームから、ゲーム業界の『カノン』になったのだろうか。 夢はここから始まる 1980年代、有名なテキストアドベンチャーゲーム『コロッサル・ケーブ・アドベンチャー』とテーブルゲーム『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の影響を受け、一部のプログラマーが、黎明期のパソコン上でゲームを作り始めた。そのうち、いくつかのダンジョン探索型ゲームが、後のローグライクゲームのひな形となる。 ローグライクゲームの特徴である、マップを自動生成する設定は、当時のパソコンスペックの限界で考え出された「苦肉の策」であった。パソコンが普及し始めた当初、家庭用パソコンのメモリーは大変少なく、そのうえ、多くのゲームがBASIC言語で作られていたためにメモリ管理能力が低くて、ステージを沢山作っても全てを盛り込むことができなかった。すると、この問題を解決するため、ランダムでステージを生成する形をとったプログラマーが現れる。 興味深いことに、「ローグライク」という名は元祖『Rogue』に由来しているが、『Rogue』は最初のローグライクゲームではなかった。 商用のローグライクゲームとして、最初に登場したのは、1978年にApple IIのために開発された『ビニース・アップル・マナー』である。
このゲームでは、すでにローグライクのコア要素が盛り込まれているが、『Rogue』のような人気は出なかった。それゆえに、命名のチャンスを失ってしまったのだ。もしこのゲームが話題を呼んでいたら、このジャンルは「アップルライク」と呼ばれていたかもしれない。 1980年、グレン・ウィフマンとマイケル・トイがあるゲームを作り、『Rogue』と名付けた。このゲームが誕生したきっかけは、今振り返っても不思議なものであった。当時はまだWindows一強の時代は訪れておらず、メーカーが違えばパソコンもまるで別物で、例えばスクリーン上のカーソル位置を動かすといった基本的な操作でさえ、メーカーごとに異なるコードを入力する必要があった。この問題を解決すべく、伝説プログラマーのケン・アーノルドは『カーシス』というデータベースを書き上げる。このデータベースは、ユーザーが入力する方向を異種のパソコン用コードに「翻訳」することで、異なるパソコン上でも同一操作を実現可能とした。 このデータベースが偶然グレン・ウィフマンとマイケル・トイの目に留まり、彼らは「スクリーンでのカーソル移動とゲームのキャラの移動は一緒じゃないか」と思いつく。ここから、彼らは『カーシス』データベースを用いて、ランダムにダンジョンを生成するアドベンチャーゲームの開発に取り掛かった。
ゲームは当初VAX-11/780のプラットフォームでプレイされていた。システムソースに制限があったため、ゲーム画面は、簡単なテキストで「描く」しかなかった。
当時『Rogue』を動かしたパソコンはこんなに大きかった 貧相なグラフィックだと感じるかもしれないが、実は同時代にリリースされたパソコンゲームを見ると、このテキストで作られた画面は「豪華」ともいえる。
同じく1980年にリリースされた『ZORK』は、純テキストゲームだった 『Rogue』は、ランダムでダンジョンを生成するといったプレイヤーを飽きさせない内容の他、ゲーム中で死んでも絶対に復活ができないシステム、そしてテキストで描かれたグラフィックにより、リリース後たちまち大きな話題を呼んだ。Unixの生みの親であるケン・トンプソンでさえもこのゲームの虜となった。ご存じのように、当時、パソコンはまだ大学の生徒と教授が研究用に使うツールだった。C言語の発明者でチューリング賞を獲得したデニス・リッチーも「Rogueはこれまで最もCPU処理能力を使うものだ」と冗談めかして言ったぐらいである。 『Rogue』の大ヒットにより、その後は、これと似たような遊び方を採用したゲームが続々と誕生する。『ADOM』『Angband』 『Linley's Dungeon Crawl』『NetHack』のこれらの5作品は、『Rogue』と並ぶ「ローグライク5大バイブル」と称された。そして、これらのゲームと『Rogue』の基本ルールに則ったゲームは全てローグライクゲームと呼ばれるようになったのである。 LikeそれともLite?しかしローグライクゲームが大きな勢いで発展を続ける中、ある哲学的な論争が巻き起った。議論の焦点は、ローグライクゲームの定義であった。 当時、掲示板の中で誰かが何かのゲームについて、ローグライクゲームと表現すると、高い確率で「それはローグライク(Roguelike)じゃなく、ローグライト(Roguelite)だ。」という反論が起こった。一般人から見れば、このように重箱の隅をつつく必要は理解できない。だがこのような論争が起こるのには理由があった。実は、ローグライクゲームの定義は、ゲーム史上、ジャンル定義について最も真剣に討論された話題かもしれないのだ。 2008年、開発者たちはベルリンで「国際ローグゲーム開発大会」を開催し、ローグライクゲームに必要不可欠な8大要素を「公式」に制定した。それらをまとめた内容には、「ベルリン解釈」というお堅い名前が付けられている。8大要素とは以下の通りである。 1.ランダムな環境生成で長く遊べる2.ゲームは恒久的な死のルールに則る3.ゲームはターン制である4.ゲームに余分な制限を設けない(ノンモダール)5.ゲームはプレイヤーに対し同じ目標を達成するため、複数の解決方法を考えることが可能となるだけの複雑さを有する6.ゲーム内で生き延びるため、プレイヤーは適切に自分に与えられた資源を管理しなければならない7.ゲームで最も重要な要素はバックアンドスラッシュである8.ゲームではダンジョンを探索し、宝を見つけなければならないが、予めマップを暗記する必要は無い これらのルールをさらに掘り下げて説明すると、記事をもう一本書けるほどのボリュームになってしまうので、詳細は割愛する。さて、ベルリン解釈の定義に基づくなら、上記の基準を満たしたゲームのみ、ローグライクゲームと呼べることになる。 しかし、現在周りに溢れているパソコンゲームやスマホゲームを見回しても、全てのルールに則ったゲームなど、ほぼないのが分かる。しかも、全てのルールを満たさない場合は、「ローグライトゲーム」と呼ぶしかない。
まずはこの解釈について、私の意見を述べよう。『Rogue』が誕生した時代、厳格に「ベルリン解釈」の定義に則ったハードコアなローグライクゲームが愛されていたことは確かだ。「本物のローグライク」と少しルールを変更したローグライトゲームとの区分は、あの時代を過ごしたハードコアユーザーにとっては大きな意味合いを持つ。 しかし、プレイヤー数が多くなるにつれ、より気軽に楽しく遊べるローグライトゲームが主流となった今日では、「本物のローグライク」は逆にニッチな存在となっており、今更「ローグライトとは何か」だとか、「2つのジャンルを一緒にしないでほしい」だとか、繰り返し騒ぐ必要はもはや無いと私は思う。 例えば「恒久的な死」について、もし厳格にこのルールを守るならば、ローグライクゲームでは死んだ後にアイテムやレベルが保持されない。しかし、現在多くのゲームでは、育成要素を盛り込み、プレイヤーがめげずに長く遊べるよう工夫をしている。「必ずターン制」のルールも厳しすぎる印象だ。『HADES』や『Dead Cells』といったリアルタイム制のゲームも大変よくできているからだ。 そのためこのシリーズでは、皆さんが理解しやすいよう、『ベルリン解釈』に則らず、総称してローグライクやローグライクゲームと呼ぶ。プレイヤーの多くも重箱の隅をつつくようなことはしたくないだろう。 『Rogue』のような20世紀のゲームを、数十年後の現在の視点で見ると、面白いとはいえないかもしれないが、それでもこの作品がローグライクゲームの元祖であると言うことは紛れもない事実である。2020年3月、この長老級のゲームがSteamからリリースされ、多くのコアゲーマーが「サイバー考古」を体験した。
ローグライクゲームの歴史の第1回目は、ローグライクゲームの上古時代を振り返った。次回は、容量がわずか90KBのゲームから如何にして『HADES』や『Dead Cells』まで進化を遂げたのかなど、引き続きローグライクゲーム進化の歴史について紹介したい。次回を乞うご期待。