RTSゲームの歴史シリーズの第3期まで、私たちは2D時代における最も影響力のある作品を振り返った。今回は本格的にRTSゲームの3D時代に入り、RTSゲームの人気の頂点に立つ名作――『ウォークラフトIII』を紹介する。
『ウォークラフトII』と拡張セット「新たなる扉」の相次ぐ成功により、シリーズ続編の開発も計画に組み込まれた。しかし、ブリザード社の当初の計画はRTSゲームを作ることではなかった。
1997年、『ディアブロ』と『ウォークラフト』を持つブリザード社はすでにゲーム業界の大手になっており、RTSとRPG分野で成功した後、より多くのジャンルに挑戦しようとしていた。当時ルーカスアーツをはじめとして、多くの会社がアドベンチャーゲーム分野で大成功を収め、『猿の島』シリーズは当時作品ごとに100万本以上の売上があった。
ルーカスアーツの『猿の島』
ブリザード社は画面タップ式のアドベンチャーゲームを開発するのが『ウォークラフト』というIPを広めるいい機会だと考え、『ウォークラフト:ロード・オブ・ザ・クランズ』の開発を決めた。名前から推測できるかもしれないが、ブリザード社の計画では、このゲームはスロールが奴隷から部族の首領となったストーリーを語るものだった。
当初、ブリザード社は『ウォークラフト:ロード・オブ・ザ・クランズ』を1997年末に発売すると発表したが、残念ながら、ベーパーウェアになって1998年末まで延期となり、最終的には発売日まで待たずにキャンセルされた。
1998年、ブリザード社はゲームのクオリティが期待に応えられないとして、『ウォークラフト:ロード・オブ・ザ・クランズ』の終了を正式に発表した。 ゲーム開発初期にかなり宣伝されていたので、新作を期待していたプレイヤーはこのニュースに激怒し、『ウォークラフト:ロード・オブ・ザ・クランズ』の開発を続けることを求めて、オンラインでブリザード社に対して抗議したという。
ブリザード社はプレイヤーの怒りを鎮めるため仕方なく記者会見を開いた。記者会見で、マーケティングやビジネス面での理由ではなく、ゲームのクオリティへの要求が高いため、プロジェクトの中止を決めたと発表した。また「『ウォークラフト』というIPの新作は近いうちに別の形でプレイヤーの前に現れる」と、ブリザード社は記者会見で約束した。
幸運なことに、『ウォークラフト:ロード・オブ・ザ・クランズ』はゲームの形では発売されなかったものの、2001年に小説の形でプレイヤーに顔を見せた。ある意味でその埋め合わせをしたのだ。
そして、約束していた新作もプレイヤーを長く待たせなかった。1999年、ブリザード社は展示会ECTSで初めて『ウォークラフト』IP新作のプロモーションを公開した。意外なことに、この新作はなんとリアルタイムストラテジー(RTS)ではなく、ロールプレイングストラテジー(RPS)であった。
これが『ウォークラフト』だとわかるか
初代と二代目のトップダウン視点とは異なり、この新作は肩越しの視点を採用していた。本作のメインプログラマーであるMike O'Brienによると、「ウォークラフト:レジェンズ」(仮称)と名付けられたこの新作は、建物の建設ができず、わずかのユニットしかコントロールできない戦略ゲームだという。
だが1年間の開発の後、ブリザード社はこの新しい遊び方が期待に沿うものではないと気付き、『ウォークラフト:レジェンズ』の開発は継続されず、このプロジェクトの成果は別のゲーム、『ウォークラフトIII』に使うことになった。
最初の『ウォークラフトIII』も今のようなものではなく、開発当初はRPGを重視し、建物建設のゲーム性が弱く、遊び方の面では『マイト・アンド・マジック』に似ている。2000年1月、『ウォークラフトIII』の初期バージョンの内容を展示する映像が韓国で公開された。
時代遅れの画質
『ウォークラフトIII』は2000年発売の予定だったが、ブリザード社の伝統芸能と言えばみんなわかるだろう。同年の大型展示会E3で、ブリザード社は初の公式実機PVを公開したのだ。
右下のUIは見慣れたものだ
このバージョンの『ウォークラフトIII』では、おなじみの4種族とデーモン族、合わせて5種族が登場する予定だったが、デーモン族はその後削除された。また、このバージョンでの資源は金鉱のみ。その後、2001年のE3で公開されたPVでは、ナイトエルフ族が初めて顔を出し、ゲームのインターフェースもアップデートされた。
ナイトエルフ族が登場
このバージョンでは、最終リリース版のインターフェイスと戦闘ユニットは基本的に確定されたが、ゲーム内の資源のデザインについて、ブリザード社はまだ試行錯誤していた。 このバージョンの資源システムでは、プレイヤーにはおなじみの金鉱、木材、食料(人口)のほかに、野生モンスターとの戦いでのみ入手できる魔法石という資源があった。魔法石を十分入手すると、新しいヒーローを購入したり、強力なアップグレードを購入したりすることができるのだが、この資源はその後削除された。
旧バージョンのスクリーンショット
そしてついに2002年7月、『ウォークラフトIII:レイン・オブ・カオス』が正式に発売され、数年にわたる開発を経て、ブリザード社史上初の3Dゲームとして空前の成功を収めた。発売1ヶ月で売上が100万本を突破し、『ディアブロII』が保つPCゲームの最速販売記録を更新したのである。
しかもこのシリーズはそれだけにとどまらず、ゲーム発売からわずか3ヶ月後の2002年10月には、拡張セット『ウォークラフトIII:ザ・フローズン・スローン』の開発が始動し、2003年1月に正式に発表された。以前の拡張セット『スタークラフト:ブルード・ウォー』の大成功により、プレイヤーの『ウォークラフト』の新拡張セットへの期待が頂点に達したのである。
『スタークラフト:ブルード・ウォー』
2003年の大型展示会E3では、Bill Roperが世界中のプレイヤーに本作のソロ作戦部分を披露し、ナーガ族を操作可能な新種族としてゲームに追加することを予告したが、結局それは実現できなかった。余談だが、実はゲーム内でのナーガ族のデザインはかなり完成度が高いため、マップエディターでナーガ族を操作可能な種族に変更して使うことができる。私も最初はやってみたが、実際に使ってみると、さすがにナーガ族は強すぎると思った。
2003年4月1日、ブリザード社はパンダレンが新しい拡張セットで使用可能な勢力になることをまじめに発表し、パンダレンのヒーロー、歴史、戦闘ユニットを紹介する公式ページまで作った。しかし、日付を見ればお分かりになると思うが、これはブリザードのもう一つの伝統芸能、エイプリルフール・ジョークだ。
2003年7月1日、『ウォークラフトIII:ザ・フローズン・スローン』が全世界で正式に発売された。この拡張セットの発売に伴い、『ウォークラフトIII』は完全な最終形態に至ったと言えるだろう。壮大な新しい戦役、大量のバランス調整、新ヒーローやユニットの追加など、全体的にグレードアップされた。
私を含め、中国の多くのプレイヤーは、このバージョンから『ウォークラフトIII』に接触し始めた。この新しい拡張セットもわずか1ヶ月で100万本を売り上げ、多くのメディアから「PCゲーム史上最高の拡張セット」とまで評価された。
『ウォークラフト』シリーズの偉大さは、それ自体の成功だけでなく、後世に与えた影響にあると思う。同じくブリザード社が開発した『ワールド・オブ・ウォークラフト』と『ハースストーン 』は、この名作IPから派生したものだ。
さらに、強力なマップエディター機能が搭載されているため、当時のアマチュアゲーム開発者にとって、『ウォークラフトIII』は一種のゲームエンジンのような存在だった。強力な機能と参入障壁の低さにより、数え切れないほどのプレイヤーが「自分でゲームを作る」という夢を叶えた。数多くのプレイヤーが作ったマップの中には、たくさんの名作が生み出された。
『アテナを守れ』『剣の館を守れ』を代表とするタワーディフェンスのマップは、タワーディフェンスゲームのブームを巻き起こした。『仙剣奇侠伝』を代表とするRPGマップは、マップエディタの上限をもう一度プレイヤーに認識させた。『3C』や『真・三國無双』を代表とする対戦マップは、MOBA系ゲームが台頭する前に最も人気のあるRPG対戦ゲームだった。
『アテナを守れ』
しかし、その中で最も輝いているのは、間違いなく『DOTA』だ。プレイヤーがトップクラスのゲームでもう一つのトップクラスのゲームを作ることは、奇跡としか言いようがない。『DOTA』は最初のMOBAゲームではないが、そこから生み出された「DOTA LIKE」というジャンルがその後のすべてのトップMOBAゲームの基準となり、現在でもMOBAゲームはPCとモバイルで圧倒的な存在感を示している。
ベテランプレーヤーだけが覚えている画面
『ウォークラフトIII:ザ・フローズン・スローン』の発売から19年が経ち、昨年発売された大したことのないリメイク版を除けば、いまだに『ウォークラフト』シリーズの新作が登場する見込みがない。しかし、それ以上に悲しいのは、何年経っても、ウォークラフトは各ゲーム大会のRTS種目で常連で、RTSゲームの中で最も人気のあるゲームの一つであるということだ。RTSというジャンルの衰退が明らかである。
何年経っても同じゲームに、同じ選手たち。
RTSゲームの歴史はまだ終わっていないが、RTSゲームの頂点は、『ウォークラフトIII』が発売された瞬間に定まったのかもしれない。戦略と操作を見事に融合したRTSゲームは、再び頂点に返り咲くことはできるのだろうか。RTSゲームのファンである私でさえ、肯定的な答えを出せないが、MOONと同じマウスとキーボードを使って、ネットカフェで一生懸命APMの練習をしていたこと、そしてRTSの最も輝かしい時代を忘れることはない。[b]
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2022-06-19
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2022-06-19